Bitter Life

32歳結婚5年目、不妊治療に関することの備忘録です

再入院8日目 退院

※暗い内容も含みますのでご注意ください。

 

再入院8日目 日曜 退院


退院の朝がきた。
退院してもまだ火葬が控えている。
死産届を役所に提出して、火葬許可証と引き換えないといけない。
それがないと火葬してもらえない。
あいにく三連休で役所がやっていないため、退院してその足での火葬は無理だった。
真夏ではなくてよかった。

 

病院と提携している葬儀屋があるので、そこに頼めば火葬まで遺体を預かってもらえたり運んだり、火葬場の予約をしてもらえる。
けれどそれだけでおそらく10万はかかる。
そこは頼まずに自分たちですることに決めた。

 

持ち帰る場合は必ず死産届と赤ちゃんとセットで動くようにしてくださいとのこと。
確かに死産届がないと警察に「その箱はなんですか?」と聞かれたらトラブルになりかねない。
例えば持ち家がある人で火葬ではなく庭に埋めたいとか言い出したら、それって死体遺棄に入るのかな、とかどうでもいい妄想もはかどる。

 

朝食を食べて看護師さんがきた。
「地下からのお見送りになるので、病院正面に待機しているタクシーは使えません。
タクシー会社さんによっては、地下からの退院だと察してしまってちょっと・・・と断られる場合もあるので、自分たちで確認して予約されることをおすすめします」と。
まさかの乗車拒否の可能性が伝えられた。

 

入院費の仮払いのため時間外の窓口へ。
休日のため正確な計算ができずに仮払いになる。
時間外の待合室と窓口は、連休真ん中ということもあり混雑してしていた。
列に並んで支払いを済ますと、後ろも列が伸びている。
そこにこれから退院するであろう新生児を抱いているお母さんとその家族が並んでいることに気付いてしまって・・・。
惨めすぎてまた涙が出た。

 

夫が探してくれたタクシー会社は、亡くなった胎児と乗車しても箱に入っていれば大丈夫だった。
けれど時間指定ができなかった。
タイミングを見計らってまた電話しようと思ったのに、葬儀屋のおっさんが「タクシーってコンプライアンス的にダメなんですよね~」とかごちゃごちゃ言ってきやがった。
自分たちのところを使わせたいというのがばればれだ。
まぁこの人だって自分の仕事をしているだけなんだろうけど。
さすがに大人サイズ運びたいと言い出したら非常識だし、それはもう葬儀屋に頼まないと無理だ。
最終的に夫が最寄りのカーシェアを調べてそこまでタクシーで行き、車を持ってきてくれた。
カーシェアを契約していてよかったし、その場ですぐ考えて動ける夫に感謝しかない

 

霊安室などがある地下に移動する。
通り過ぎるときに「解剖」という文字が見えた扉もあった。
地下は葬儀場のような雰囲気になっていた。
最後に担当した看護師、初診の女医さん、看護師長が来てくれた。
田中医師は昨日、明日退院なら休みと事前に聞いている。

 

赤ちゃんは祭壇に置かれていて、箱をあけて顔もちゃんと見てくれて、順番に手を合わせくれた。
空気に飲まれたのもあるけどまた泣いてしまった。
病院で亡くなったらこういう風に見送られるんだ。
知らなくてよかったことまでどんどん知っていく。

 

「このたびはありがとうございました。お世話になりました」と挨拶を済ませる。
一週間だったのに、前回の一か月より長く感じた入院生活が終わった。

再入院7日目 産後翌日

※暗い内容も含みますのでご注意ください。

 

再入院7日目 土曜


4時頃に一度目が覚めた。
トイレにも一度行ったけど、身体が回復した感じがあった。
寝てみようとするけどなかなか寝付けない。
見回りの看護師さんがきて、保冷剤もちゃんと替えてくれたのがわかった。
ようやくまた寝つけたのが6時半頃だった気がする。

 

8時前に診察のため看護師さんに起こされる。
お小水に行っておいてください、と一度出ていった。
起き上がってトイレまで行ったけど、くらくらして立っていられなくて駆け足でベッドに倒れこんだ。
夫が顔白いよって。
もう一度看護師さんがきて具合が悪いことを伝えると、介護状態でトイレに行った。
そのまま体調をしょっちゅう確認されながら、車椅子で診察室へ。

 

田中医師に「だいぶ力の抜き方がうまくなりましたね」なんて言われるけど、単に具合が悪くて力が入らないだけ。
子宮の状態は問題ないそう。
当たり前だけど、もう誰もいない。
昨日のとり残しを取る処置も受けた。
2回生理を見送るとまた治療再開できるくらいになると聞いている。

 

遅めの朝食も半分くらい食べて、寝てしまっていた。
そこでは眠りが深かったようで、寝てから一時間しか経っていなかったことに驚く。
朝よりは具合もよくなってきた。

 

希望すれば今日退院できたけど、朝のこともあったし無理せず明日でお願いした。
「退院のお見送りがあるので、退院時間を早めに決めてほしい」と伝えられる。
一瞬退院の見送り?前回退院したときそんなのあった?って思ったけど、「出棺」という意味に気付いた。

 

お昼に前回入院していたときの助産師さんが会いに来てくれた。
一番話しやすくお世話になった人だったから、全部終わってから会いたいですとお願いしていた。
特定のスタッフに会いたいとか完全に自分の自己満足なんだけど、どうしても会いたかった。
また泣いてしまって、起きたことや思ったことを聞いてもらう。
赤ちゃんの顔も見てきてから来てくれたそう。
助産師さんも泣いてくれた。
涙を流させて申し訳なかったけど気持ちがありがたかったし、自分の口から報告できてよかった。

 

朝一度返した赤ちゃんもまた会わせてもらった。
新生児用のキャスター付きのカゴに乗せられてきて、気遣いなのかもしれないけど逆に悲しくもある。
なるべく傷ませたくないのもあって、今日の夜はお返しした。

 

一週間ぶりにシャワーにも入った。
そのあとはこのブログの下書きに夢中になってしまって、寝るのが遅くなってしまった。

 

ベッドで横になってみて・・・。
普段あんまり霊的方面のスピリチュアルなことは信じないほうだけれど・・・。
もし天国とか地獄とか、死後の世界があるのなら。
自分が死んだあとに、また会えたらいいなと思った。

17w1d③ 再入院6日目 産後

 ※暗い内容も含みますのでご注意ください。

 

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17週1日③ 再入院6日目(前回の記事の同日その後)金曜

 

19時を過ぎて、まだ身体はフラフラだったけど車椅子で個室に移動した。
満室だったのか配慮なのか、案内されたのは人間ドック用の個室だった。
遅い夕食も半分くらい食べる。

 

ベッドから動こうとするとクラクラした。
貧血みたいな感じ。
貧血はあるんだけど数値的に12ないといけないところが11程度で、ギリギリ献血できないくらい。
画面に酔ってスマホも触れない。

 

赤ちゃんに会いたいですと伝え持ってきてもらった。
夜中に保冷剤を替えてくれるそうで、一晩一緒に過ごしていいそう。
ショックでいっさい顔も見ない人もいるらしい。
もしくは病院によってはいっさい見せないとか。
気持ちはわからなくはないけど、それもかわいそう。

 

箱をあけたらお花紙で作ったお花や、折り紙で作ったカメと犬も入っていた。
ほんの少しの変化だけど、顔がちょっとだけぼやけてしまってきて、、、
どんなに身体がしんどくてもさっきもっと顔だけでもよく見たり、夫に写真をお願いすればよかったと後悔した。
さっきはどの程度人間なのかとか、好奇心のほうが強かったけど、また改めて顔を見たら・・・。
こんなの親ばかじゃなくても絶対可愛い。生きてたらもっと可愛いんだろうなって思った。
苦しそうな顔もしていなくて、本当によかった。

 

夫はわたしより眺めている時間が長くて「見てて飽きない」と言っていた。
9月に移植して、約3ヶ月でここまで人間になるのもすごい。
身長20㎝だと、20週くらいにあたるらしい。
大きさについてはわたしも170㎝以上あるし、夫も185なので納得できる。

 

胎動はまだわからなかったのは、よかったのか残念だったのか・・・。
反応のないお腹に話しかけるのは抵抗があって、ほぼしなかった。
夫の前で茶化して言ったくらい。
性別はずっと気になっていたから、顔を見たいまは「男の子だったんだね」と自然と話しかけていた。

 

夫が名前を考えてくれた。
しっくりきたのでわたしも賛同した。
引っ越しも頻繁だったし、いま住んでいる地名から似せてつけた。
京都なら「きょうこ」とかそんな感じ。
名前をつけると逆にかわいそうと思っていたけど、人間と思わないほうが無理で。
名無しのほうがかわいそう。

 

本当に本当に、実際に体験してから考えが変わることを経験した。
当たり前なんだけど、「自分もお母さんからこうやって産まれてきたんだ」とも感慨深い。
お腹を痛めて産むってことも意味があるのかな。
突然「こちら二人のお子さんになります」ってご用意されても、可愛いって思えるのかどうか。

 

今回こういうことになったけど、まだこども欲しいって思う?と聞いた。
「今回のことで初めて自分たちのこどもの姿を見て、改めてこども欲しいと思った」
わたしは・・・。
正直もうこれ以上傷つくのが怖い。
拡張2回目の瞬間的な痛みはすさまじいものがあったし、死産なのに陣痛も出産も苦しむ時間も長くて痛くて辛かった。
なにしろ不妊。
でも夫がそう言うならまた治療頑張ろうかな。
のろけじゃなくて。
次もダメかもしれない、でも次は生きた自分のこどもに会えるかもしれない。
これが自分の人生においての妊娠、出産の最後の思い出にするのも嫌だった。

 

12週未満の初期流産を経験した人のブログから「だっこできただけでも羨ましい」という意見を見た。
そうなのかな、どちらにしろ出産までたどり着けないなら手術のほうがいいとも思う。
でも「どっちがマシか」を比べることは水掛け論だ。
体外受精にステップアップするまで着床すらしたことがなくて、不妊をこじらせて化学流産でも羨ましいと思っていた。
妊娠できて流産に怯えて猛省した。
わたしは人生史上一番辛いと思ったけど、何回も移植を繰り返しても陰性の人から見たら、この経験すら羨ましいと思うかもしれない。
その人の痛みや苦しみはその人にしかわからない。

 

一瞬胸が張る感覚があった。
母乳が出る可能性があるのでそれを止める薬、カバサール錠を飲んである。
急にむなしくなった。
出血もまだ続いているし、腹痛もときどき気になる。
23時くらいには寝てしまって、長い長い一日が終わった。

17w1d② 再入院6日目 出産と死産

 ※暗い・生々しい内容も含みます。自己責任でお願いします。

 

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17週1日② 再入院6日目(前回の記事の同日その後)金曜

 

15時に3回目の促進剤を入れようと思ったら、結構進んでいたらしい。
急に人が集まってきた。
いつのまにかその格好も帽子や手術着で「オペが始まる」の雰囲気に。
ここからはもうだいぶ記憶もあいまい。
痛みやすごく尿意もあって「痛い」「おしっこがしたいです」とか、感じたことはこどもみたいにすぐ口に出ていて、余裕もどんどんなくなって。

 

なにかのタイミングでいきんでくださいの指示がきて、休みながら何回かやってみる。
初診前日にかたまりが出たときの、そのさらに何倍も強いような感覚。
赤ちゃんは足から出たようだ。
それでも首でひっかかって頭を出すあともうひと踏ん張りがきかなくて、薬も追加される。

 

16時過ぎ。
「プチャッ」という小さい破裂音みたいな音と、大きさのある温かいものが下から出ていった感覚があった。
「お疲れ様でした」「頑張ったね」って次々声をかけられて、ようやく終わったと思った。
けれど実際には胎盤を出す後処理に、もう少し苦しむ時間があった。

 

だっこしますか?にはいと答え、だっこというより手のひらに乗せる。
思ったより大きいし、ちゃんと人間のかたちをしていた。
すぐ足もそっとめくってみた。
ついてた。
男の子だった。
顔は目、鼻、口もちゃんとわかって、眉毛がはえる毛根のあとのようなもの、爪もある。
触って骨がわかる感触とかちゃんと「人間」で。
鎖骨があって肋骨もわかって、赤く透けた皮膚から臓器も見える。
足のほうは色が悪くなってしまっていたけど、それは出産直前にそうなってしまったものらしい。
バランスを見たら手だけ大きめで、ポーズはあごに手がある「考える人」に近い。
夫にも渡して、鼻のかたちがわたしにそっくりって言ってて、それって低いってことで軽く悪口なんだけど・・・。

 

助産師さんに一度渡して、「身長と体重もはかりますね」って言われたら、急激に泣けた。
夫も同じタイミングで泣いていた。
130g、足まで伸ばして身長20㎝、頭からお尻までのサイズ感は15㎝くらい。
大変そうだったけど、夫と助産師さんとで手形、足形もとってくれた。
死産でも省略されることはなく、ちゃんとへその緒を入れる木箱やネームバンドももらった。
出産育児一時金も出る。

 

箱に入れてもらって、ボランティアさんが作った白い毛糸の帽子と、おくるみもかぶせてもらう。
帽子はぶかぶかだった。
そういうのブログで聞いたことあるくらいにしか考えていなかったのに、実際に見たら・・・。
ボランティアということは仕事でもないのに、誰かが亡くなった赤ちゃんのために手作りしてくれたもの。
その気持ちが本当にありがたくて嬉しくて、それだけで涙が出そうだった。
後日簡単にお礼の手紙を書いて、病院経由で渡そうと思った。

 

胎盤ももろかったようで、顕微鏡検査に出されるそう。
現状で考えられる原因はいくつかあるけど、不明の場合も多いらしい。
結果論だけど、妊娠継続を希望しても胎盤の問題も出ていたかもしれない。

 

田中医師もまた来てくれた。
顔もちゃんと見てくれて、「可愛い」って言ってくれて。
わたしはリップサービスかと思ってしまったけど、夫はあの顔は本当に可愛いと思ってたよって。
昨日の子宮口を拡げる処置は、夕方は棒を10本入れる予定が5本しか入れられなかったことも伝えられる。
納得の事後報告。
初診の女医さんも来てくれた。
思わず「お久しぶりです。わざわざありがとうございます。覚えていますか?」と話しかけてしまった。

 

軽い尿意があって、あっと思った瞬間に大量にお小水が出た。
ほぼ自分の意識とは無関係に漏らした感じ。
夫と2人のときだったけど、恥ずかしい・・・。
でもその可能性もあるので、お通じのほうじゃなくてよかった・・・。
助産師さんに聞いたら赤ちゃんが膀胱を圧迫するそうで、15時前にトイレに行っていたから導尿をしようか迷ったらしい。(してくれてよかったんですよ・・・!)

 

だんだん寒気がしてきて部屋の温度を上げてもらった。
今度は暑くなってくる。
熱が出ていた。
お腹もまだ陣痛のような痛みの波がある。

 

この後移動する部屋のことを聞かれた。
個室か大部屋か、差額ベッド代は一日2万以上で、2泊3日したらそれだけで7万以上になる。
安くはない。
けれど個室にすることで夫も一緒に泊まれるし、赤ちゃんとも部屋で過ごせる。
この身体の状態とメンタルのなか、他人に気を遣わなくてもいい。
メリットは大きかった。
ここはもうケチるところじゃないと思ったから、個室でお願いした。

 

(母子手帳も書いていただきました)

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17w1d① 再入院6日目 陣痛

※暗い・生々しい内容も含みます。自己責任でお願いします。

 

17週1日① 再入院6日目 金曜

 

いよいよ出産の朝が来た。
朝食を食べてロキソニンを飲む。
もうこの分娩準備室には戻ってこれないので、荷物をまとめておく。
9時前に分娩室に移動。
生きられる赤ちゃんとこの部屋に来たかった・・・と思ったらまた涙が出てきた。
部屋に一人でよかった。

そろそろ何回泣いたかを数えるカウンターでもつけてほしい。
みんな生きている我が子に初めて会えるから頑張れそうなイメージだけど、わたし頑張れるかな・・・。
普通のお産よりひどくはないはずと思いたい。

 

「分娩室」ってもっと手術室に近いイメージだった。
けれど変形する分娩台とその上の照明は手術室っぽいけど、他は準備室とそこまで変わらない。
さすが産科で有名な大病院、モダンな雰囲気でお金をかけているのがわかる。

 

9時頃に1回目の陣痛促進剤を入れた。
効きをみながら3時間ごとに追加していくそう。
処置や診察も昨日ほどではないけど痛い。
これから何が起きるのかの恐怖と緊張で、うまく力が抜けないのもある。
今の時点で子宮口は2㎝あいているそう。
陣痛には耐えられないと聞いているのでまだ動いている赤ちゃんが出てきて、だんだん動かなくなる・・・ということはないらしい。
促進剤を入れたことによって、そろそろ亡くなったのかな・・・と、どうしても考えた。

 

医師は戻って看護師さんと助産師さんと3人になって、お腹の張り具合を見てくれる。
徐々に生理痛のような痛みが出てきた。
9時半頃には陣痛開始時刻にされたようだ。
促進剤の反応はいいようで、明後日まで伸びることはなさそう。
薬は効きやすいかもとは思っていた。
採卵も中刺激程度で高刺激並に反応がよかったから。

 

トイレにも普通に行っていいそうだけど、人によってはそこで胎児が出てしまうこともあるらしい。
それだけは避けたくて恐怖に思った。
スマホも触っていいそうだけど、そんな気分にもなれない。
痛みだけに意識をむけることと緊張をやわらげたくて、とにかくしゃべりまくる。
「いっぱいお話ししてください、迷惑じゃなかったら。プライベートのことでもなんでも聞いてください。女子会にしましょ」って言ったりして。
仕事の話や家族の話をして、だいぶ緊張もやわらいできた。

 

いったん2人は出ていき、尿意が出てきたのでトイレへ。
そこでお小水をしたあとだったのに、便器になにかかたまりが出てしまって。
さらに出てそれはペーパーでキャッチしたけど、軽くパニック状態。
呼び出しボタンを押した。
トイレにも呼び出しボタンがあって助かった。
処理してもらって、出てしまったのは胎児ではなく血腫と説明された。
赤よりピンクよりでプルプルしてた。
他人のだったら絶対グロくて見れないんだろうけど、自分から出てきたものだと思うと好奇心のほうが勝つ。

 

12時前になって夫が到着。
話し相手もできたしスタッフよりちょっとのことでも頼みやすい。
なにより顔を見て安心した。
2回目の促進剤を入れる。

 

そのあとに昼食。
こんなときでもちゃんとご飯が出て食べるもの、むしろ食べたほうがいいものなんだ。
分娩台を起こしてご飯食べたいですのつもりでナースコール。
そしたらそういうときに限って急変と思われたのかゾロゾロ4人くらい、田中医師まで来てしまって。
申し訳ないと同時に面白かった。
次の似たような軽い用事のときは、夫がわざわざナースステーションまで呼びにいってくれた。

 

わたしの状況を遠くにいながら感じ取ったのかわからないが、このタイミングで恐れていた実家からの電話が鳴った。

無視したら30分後にもう1回。
10時半頃にも一度かかってきてそのときも出なかった。
夫のほうにもかかってきた。
いまはまだなにも話したくない。
おれから話しておこうか?と聞かれたので、夫のほうからあとでかけ直してもらうことをお願いする。

夫も事後報告にしたいと言っていたけど、事前にお義母さんに連絡していたようだ。

 

ずっと分娩台で横になっているより、多少動いたりしたほうがいいらしい。
痛みをみながらソファのほうに移動したり、分娩台のまわりをぐるぐる歩いたり。
冗談半分で「ラジオ体操でもしたほうがいいですか?」って聞いたけど、「いやそこまでは動かなくてもいいです笑」。
あとおへそ周辺の腸のあたりも痛いときもあって、汚い話だけどやたらとガスも出る。
「足湯やアロマも焚いたりできますよ」と言われたので、どちらもお願いした。
アロマなんか香りが何種類もあって選ぶだけでも楽しい。

 

部屋にはピアノアレンジのラジカセの音楽もかかっていた。
知っている曲もあったような気がしたけど、ほとんど耳に残らない。
唯一SMAPのオレンジだけはよかった。
恋愛での歌詞だけど別れの曲には違いなくて、たぶんこの先聴くたびに今日のことを思い出す気がした。

 

気になっていたカーテンのむこうの、ラブホのような丸いお風呂のことを聞く。
8部屋ある分娩室のうち、水中分娩ができる2部屋だったらしい。
無駄に時間もあるので、雑談がてら水中分娩のことも聞いた。
料金は5万くらいしか変わらず通常より陣痛の痛みがやわらぐそう。
希望する人は2か月に1回くらい。
もちろんリスクがないことが前提と、あと産まれたときに自分でとりあげたいこだわりが叶う。
存在自体初めて知った。
「NICUがある総合病院での分娩を」と言われたので、ここか里帰りなら2択状態だったし、水中分娩にしたいと思えるその余裕が羨ましい。

 

陣痛の痛みは噂通りすごく痛くなったり、そこまで気にならない程度になる波がくる。
このときで強い痛みは10分間隔くらいになってきてまるで拷問のよう。
5年前に鶏の刺身にあたって食中毒になったことがある。
そのときも吐き気と下痢と腹痛が「いっそのこと死にたい」で、腹痛はその感覚にも似てて。
分娩が始まる頃になると会話もできないくらいになるそう。
それを基準にまだ会話できるということは大丈夫なのかもと考えた。


本当は6時間あけたらロキソニンが飲める。
事前にもらっていたから飲みたかったけれど、「痛みの感覚がにぶくなるのは逆によくない」とストップがかかった。
診察や拡張が怪我のような外側からくる痛みなら、陣痛は生理痛のような内側からくる痛みだ。


ソファで苦しみながら腕を伸ばした。
「そうそう、こういうときってなにかつかみたくなるんですよね」と助産師さん。
そのときわたしの手の近い位置にあった、窓の取っ手を夫が指差して「あるよ笑」に、「それ!?そこは自分の手を差し出すんじゃないの!?笑」とツッコんだ。
助産師さんも笑ってくれて、ちょっとなごやかな空気になった。

17w0d 再入院5日目 激痛

※暗い内容も含みますのでご注意ください。

 

17週0日 再入院5日目 木曜

 

朝食を食べてすぐに、男性担当医から子宮口を拡げる処置を受けた。
棒状のものを子宮頸管に1本入れて、夕方にその数を増やすそう。
ロキソニンと胃薬がいるかの確認があって、もらって飲んで挑んだ。
先にいつもの診察だったのに、なにをされるのか痛みはどうなのかの恐怖と緊張で、いつもより下半身の力がうまく抜けない。
入れたときはぐっと入った感覚があったけど、軽い違和感はあるもののそこまで痛くはなかった。
夕方に数を増やされるので、そのときはどうなるかわからない。
自然とお腹をさすりながら、動くときはゆっくりになる。

 

この日はサイクルでいうと本当は足湯の日だったけど、明日お産でできないのでシャンプーでお願いしてもらう。
そのあと看護師さんが来て「赤ちゃんの心音を聞きますか?」と聞かれ、返事をする前にそれだけで泣き出した。

もう最後だから聞きたい気持ちはあるけど、逆に確認することでかわいそうで悲しくて辛い。
そう伝えた。
泣き出したから結局聞かなかったけど「聞きたくなったらいつでもナースコールしてくださいね」と言い、看護師さんは出ていく。

 

普段夕方から来ることが多い夫が、仕事の関係で今日は昼過ぎにきた。
いまなら最後に一緒に聞けるしと思い、心音の件を伝えた。
すると「辛くなるからいい」と言われ、わたしも気持ちに踏ん切りがついた。
きっと夕方以降はそれどころではないだろう。

 

16時頃に男性担当医と田中医師とで2回目の拡張。
本当に激痛で最悪という感想しかない。
もう硬い棒状のもので奥まで突き刺されてるかような痛み。
看護師さんが呼吸の仕方でなにか言ってくるけど、なにも耳に入ってこない。
同じ処置をしてもぐっと声を出さずに堪えられる人もいるんだろうけど、覚えてるのは「痛いです痛いです痛いです!!」って叫んだり「まだですか、すみません!!」とも言ってしまった。
すみませんはあの!のほうじゃなくて、ごめんなさいのほう。
はたから見たら絶対みっともないんだろうけどわたしは痛がって。

 

終わってからロキソニンと胃薬をもらって飲む。
スタッフから言われなかったこともあったけど、ここでもっとよく気をまわしてこちらから飲みたいと確認をとればよかったと激しく後悔した。
気休めにはなっていたかもしれない。

 

あんなに痛かったのにそれでも予定の本数が入らなかったらしい。
拡がり具合によっては明後日の出産になるかもしれないと伝えられる。
メンタルもドン底なのに身体的にも痛めつけられるってもはや地獄。
卵管造影検査も激痛だったからそれも痛かったな、とも思い出したりして。
検査と流産の前処置じゃ気持ちも全く違うけど。


経験したなかで一番のとき以来の、重い生理痛のような痛みが続いた。
もう早く終わってほしい以外の感情がなくなる。
ホットパックももちろんもらって温める。
ベッドで横になって1時間くらい寝落ちしていたけど、眠りも浅かった。
それでもずっと横になってそこだけに意識がむくより・・・。
数時間経ってくればテレビを観たり、ブログの文章を考えたりすることで「気がまぎれていればそこまで気にならない程度」にはなってきた。
反省を活かして事前にもらったので、寝る前にもまたロキソニンを飲んだ。
明日朝食後もすぐに飲めるよう、そのぶんもお願いしてある。

16w6d 再入院4日目 選択

※暗い内容も含みますのでご注意ください。

 

16週6日 再入院4日目 水曜

 

朝一番で採血。
これで炎症反応があれば、どうするかも選べずにお産の話で進んでいく。
なかったとしても、この生活が延びていくだけな気もしたけど。

 

朝食後に男性担当医による膣洗浄と診察。
赤ちゃんもまだ生きていた。
羊水が減ってしまっても、即亡くなるというわけではないらしい。
血液検査の結果、炎症反応は出ていないことがわかった。

 

診察室から病室に車椅子で戻るときに、進行方向から赤ちゃんの泣き声が聞こえてきた。
看護師さんが「ちょっと窓の外の景色を見てお散歩してから戻りますか?」と聞いてきて、「そうですね、お願いします」と返した。

逆方向に進み、遠回りして病室へ戻ることに。
前回入院時は階も高かったからすごく景色が良かったけれど、いまの部屋からは中庭と向かいのマンションが見えるくらい。
気晴らしになったけど、たまたまなのかな、それとも気を遣ってそう言ってくれたのかなって気になってしまった。

 

夕方から、調整してもらっていた夫を含めての田中医師と話し合い。
思い残すことがないように、遠慮なくささいな疑問くらいでも、心残りがないように質問した。
もう一度状況の確認やリスクの説明。
特にリスクの可能性はきちんと教えてくれる。
でも医師は「こうしたほうがいい」という言い方はしない。
最終的に決めるのは自分たち。

 

選択肢は2つ。
1つは障害や致命的にダメな状況になる可能性も覚悟して、妊娠継続を望むのか。
里帰り出産なんて無理、わたしは出産まで退院できないし、ゆうなさんにとっても辛い入院期間になると思いますとそこはハッキリと。
やはり思っていた通りでこの週数で破水しても生きている赤ちゃんを産めた人は存在するけど、全国規模で症例が報告されたレベル、健康かどうかも別問題とも言われた。

 

もう1つは今回の妊娠は諦めて処置を受ける。
子宮口を拡げる処置に一日、出産に一日かかる。

緊急の場合はもちろんおこなうけど、スタッフの数の関係で土日にはかぶらないようにがおすすめらしい。

 

破水前の羊水量を10とすると、破水して1、昨日の診察で増えたと言っても1.5~2ということもわかった。
まだ5とか6あるならまだしも・・・。


退院して5日で血腫も大きくなって破水したことがやっぱりひっかかっていたから、そこも聞いてみた。
けれど退院が原因ではない、菌もいた状態だったしきっと膜が弱っていて、退院しなかったとしても破水していただろう。
血腫も大きくなったという当日の診察も、昨日の診察ではまた5㎝程度だった。
液体状のものを測っているわけだしエコーでの見え方、測り方の問題だったのかも。
事実1ヶ月の入院期間中の診察でも、極端に大きくなった印象はなかったそう。

 

万が一羊水量が増えてきたとしても、すでにどこか穴があいてしまっているならまた漏れ出して増えないのでは?とも聞いた。
それが小さければ自然に塞がる可能性もある、要するに風船状態のものを針で刺せば破裂するのと同じ。

 

子宮頸管についても、無力症の説はキッパリ否定された。
次の妊娠にそなえてのなにか処置も必要ないそう。
クリニックで無力症の疑いと言われたことが強すぎて、正直ずっと気になっていた。

 

絨毛膜下血腫も全妊婦に平等にかかるリスクがある。
一度かかってしまったから次もなりやすいわけではない。
初診時に「体外受精の人はなりやすい」と言われたのも、初診対応してもらった女医さんはHPに経歴がズラッと書いてあるような大ベテランの医師。
きっと何十年と多くの症例や患者を診てきただろうから「そのうちで体外で多かった」という意味なのかなと考えた。

 

きっと医師もお忙しい中、1時間も付き合ってもらった。
先生は戻って、夫と二人だけの空間になった。
夫の仕事の都合で立ち会えるタイミングや土日を避けることを考えても、明日処置してもらって明後日出産にするのがベストだ。
田中医師がいる平日に処置やお産にできる。
もうこんなにもこうしたほうがいいって答えは出てるのに、言葉が出ないことがあるなんて。
まだ赤ちゃんは生きているのに「殺してください」って言うみたいで・・・。
どうしても「明日処置をお願いします」とスタッフに言うことがわたしはできなかった。
二人でちゃんと話し合って、また声あげて泣いたりして、「おれも辛いんだよ」ってまた夫の涙も見たりして。

 

最終的に、夫がナースステーションで言ってくれた。
いっそのこと一発アウトな子宮内感染か、お腹の中で亡くなってしまうか、陣痛が始まればいいのにとすら思った。
決定打がなかったことで逆にズルズル悩むことにもなって。
選択肢があったことで逆に苦しんだ。
なんで他の人がきっと悩みもしないところで、こんなにも悩んでいるんだろうとも考えた。
けど、他の人はきっとそのぶん違うことで悩んでいるよとも言われ、その言葉に救われた。

 

「トツキトオカのアプリも開けなくなってしまった」と夫。
いまこういうアプリがあるんだよってわたしが教えて共有させた。
結構開いてくれていたようで、こういうポーズが可愛かったとか、何週になるとこうなるねって載ってたねとかよく話したし、メッセージカードを送りあったりもしていた。

 

夫も帰ってまた一人の空間。
また針でちくちく刺すような下腹部の痛みが気になった。